ページビューの合計

2020年9月3日木曜日

9月1日 夕刊三重新聞社の取材を受けました。
旧小津清左衛門家の前庭に新しく寄贈された観応2年(1351)の石灯籠についてです。室町時代の初期の南北朝時代のものです。「観應二年辛卯五月三日造立之願主行祐」の銘があります。
 
高さが約214㎝の四角型灯籠です。
 
 
 
 
 
 
 
 
9月2日 翌日は、中日新聞社の取材を受けました。
灯籠の側に人が立つとその大きさがわかりますが、とてもこの庭に相応しい落ち着いた姿を見せてくれます。
 
向かい合った走り獅子、雌雄の鹿、牡丹の枝の浮き彫りが確認できます。
 
 
 
 



 
 

2020年8月9日日曜日

8月9日 藍(あい)のたたき染めをしました。
旧長谷川治郎兵衛家の離れ座敷で藍の葉っぱを使い、ゆうづる会の皆様に講師になっていただき藍のたたき染めをしました。
 
市内の小学生やお家の方含め、約30名の参加がありました。スッタフの皆様を含めると40名ほどでした。行政チャンルの取材や中日新聞さんや夕刊三重さんの取材もしていただきました。
 
今回は、時節がら、マスクの作品を仕上げました。とても素敵なマスクができあがりました。
なお、
松阪市行政情報番組アイウェーブまつさかの放送は、8月14日(金)=17日(月)の午前6時~午後11時 で毎時00分スタートです。(1日18回のリピートだそうです。)
チャンネルは、123chです。
ホームページ・YouTube「松阪市行政チャンネル」でも見られます。
 
 
8月10日 「観応二年銘四角型石灯」を設置しました。
小津本家から寄贈していただいた四角型石灯籠を旧小津清左衛門家の庭に設置してもらいました。
 
慎重に元あった状態に設置してもらいました。銘は「観應二年辛卯五月三日造立之願主行祐」とあります。観應は観応で1351年です。室町時代初期の南北朝時代です。
 
摩耗が進んでいますが、1面は向かい合った走り獅子です。もう一面は、雌雄の鹿で、あと2面は牡丹の枝を浮き彫りにしています。
 
高さは、214㎝。奈良の春日大社の重文指定の四角型石灯より一回り大きな花崗岩でできています。
 
庭全体では小さく見えますが、存在感は絶大です。「完全に保存され、各部南北朝時代の様式をよく示す。」と言われています。
 
また、「日本の四角型石灯№2として完璧を誇るこの石灯は、三重県下の庭園にある石造美術として、おそらく茶人の垂涎の話題に上ったと言われるだけのものがある。」と言われています。
 
太田古朴『三重県石造美術』昭和48年12月15日三重県郷土資料刊行会
川勝政太郞『燈籠』昭和48年2月25日(株)集英社


 
 
 
 
 
 
 
8月12日 夕方になるとコサギがたくさん来ます。
これらの写真は、夕焼を写そうとしたものではありません。スマホで撮ったコサギの群れです。
 
この黒い点、一つ一つが真っ白なコサギです。20羽から30羽ほどが旧長谷川治郎兵衛家の庭の大きな木々に飛来します。

午後6時過ぎには8羽から10羽ぐらいですが、午後7時前の空が薄暗くなるころたくさん来ます。
 
春から初夏のアオサギのように鳴き声は騒々しくはないのですが、庭木の葉っぱが真っ白くなります。また、抜けた羽根が庭園の池などを汚します。
 
かつては、100羽ほど飛来した時もあったそうですので、そうならないための対策をしています。

カラス除けには効果のある光るビニールを試験的に吊しました。




 
 
 
 
 
8月19日 今日は、夕刊三重さんの取材を受けました。
原田二郎旧宅では、「原田二郎と土井光華」という夏の企画展をやっています。
 
松阪 同心町(松阪市殿町)は、実業家である原田と政治家である土居が住んでいた土地でもあります。
 
原田は、横浜銀行(第七十四国立銀行)の頭取や鴻池銀行の立て直しをしました。そして、全国での社会貢献活動を行いまいました。
 
土居は、衆議院議員として活動し、本居宣長の奥津城(おくつき:お墓)を吉野のように桜でいっぱいにしようした人です。
 
 
 
 
 
8月19日 離合山水図のレプリカの写真撮影をしました。
伊 孚九(い ふきゅう)は、、中国 清代中期の画家で江戸後期の画壇に大きな影響を与えました。貿易商として長崎に度々来日し南宗画の画風を伝えました。池大雅や桑山玉洲らが私淑しました。

長谷川本家よりいただいた「離合山水図」(重要文化財)です。レプリカを作成し多くの市民のみなさまにいつでも見ていただけけるように計画しています。
 
色合わせもプロの方に来て頂きて、丁寧にしてもらいました。完成が待ち遠しいですね。
 
 
 
 
 
 


 
8月22日 今日は曇りでしたので、コサギが早く集まってきました。
旧長谷川治郎兵衛家の大きな木に夕方6時過ぎには、30羽ほど飛来しました。
 
ここに約10羽います。
 
手を打つと飛び立つのですが、直ぐ舞い戻ってきます。
 
雨が降らないので、木々の葉っぱが随分白くなっています。昼間は、エサを探しにどこかに行っていて1羽もいません。
 
 
 
 
 
 
 
 
8月22日 ガイドボランティアの皆さんの研修会がありました。
講師は、松阪歴史文化舎のスッタフでもある伊藤さんです。豊富な知識と語り慣れた説明は、新人のみなさんを魅了していました。
 
三好会長にも出席をしていただきました。(窓口のスッタフは、特別に昭和19年から昭和31年までの第一小学校のことや松阪駅周辺のことを拝聴しました。)
 
その後、大正座敷や大蔵の展示や庭園を回って、本居宣長旧宅跡や旧小津清左衛門家・三井家発祥地の案内の真髄を学びました。
 
 
 
 
 
 
 
8月22日 今年は、棉の成長に勢いがあります。
種から蒔いた時期がよかったり、植え替えの時の肥料を充分に与えたのがよかったりしました。
和棉の黄色と洋棉のピンクの花が小さく見えます。

まだまた、可憐な花を咲かせます。白いコットンボールが今年はたくさん見られそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
8月27日 旧長谷川治郎兵衛家の庭園では、2週間ぶりに雨が降りました。
石橋の南側は、池の底が見える状態でしたが、水が満ちてきました。

本来水が抜ける口から、池の水が少なくなっていたので雨水が、逆流してきました。
 
雷もなって一瞬の大雨でしたが、雨水がどんどん入ってきました。

敷地内の魚町と殿町を分ける400年前の遺構「背割排水」も瞬く間にいっぱいになりました。
 
日本は、近年ゲリラ豪雨と言われるような非常に雨粒の大きいものが局所的に降るようになりました。熱帯の国のスコールのような雨でした。


 
 
8月29日 旧小津清左衛門家で拓本をとりました。
新しく設置した小津家の燈籠をいつも前庭に降りて見るということは、できません。加えて、銘が経年劣化して見えにくいために拓本をとることにしました。
 
ちょうど、塀の蔭になって作業がはかどりました。頂上の宝珠にトンボも一休みしに来ました。
 
「観應二年辛卯五月三日造立・・・」と浮かびあがりました。
 
「・・・之願主行祐」と続きます。
 
全体はこのようなものができあがりました。解説を加え、パネルにして掲示予定です。
 
 
 
 
 
 
 
8月30日 今日は、旧小津清左衛門家で結婚式の前撮りがありました。
幸せなお二人の門出に相応しい良いお天気になりました。
 
新郎さんは、偶然にも波瀬小学校の時にいたお子さんでした。とても立派な好青年になっていました。
 
お家の人とお話もできて懐かしく感じました。この後、お城や御城番屋敷でも撮影をするとのことです。
 
何気ない仕草の中にお幸せなお二人の様子が垣間見えて周りを幸せな気分にしてもらいました。
 
 
 
 
 
 
 
 
8月30日 旧小津清左衛門家では、今スズムシ(鈴虫)の音色が聴けます。
25匹ほどのスズムシが、ナスのエサをもらって育っています。
 
暖簾をくぐると良い音色が聞こえてきます。
 
また、くまのぬいぐるみのような茶色の綿をみることができます。
 
事務所と向かい座敷の間によく育った棉が見えます。和棉の白い綿もたくさんついています。